セルマネジメントのあれこれ

プロフィール

田中亮行(たなかあきゆき)です。
このブログは関係ありませんが、Webの専門家として企業のホームページを中心に
コンサルティングやデザイン・制作をしています。

1984年生まれの北九州出身です。
茨城大学という(筑波大学の名に隠れて)誰も知らないだろう国立大学を卒業し、
トヨタ系の企業に就職、トヨタの看板があるとものすごく楽でしたが、
他人が作った看板を背負ってビジネスをやるのではなく、
自分の看板で勝負したいと思い2013年に退職しました。

結局退職後の半年間は2万円ぐらいしか稼ぐことができず、
ちょうど貯金が尽きる頃に当時お世話になっていた人に、
僕がご飯を食べていけるようになるキーマンとなる人を紹介してもらい、
そこからなんとか食べていけるようになりました。

やっていること

フリーランスとしてWeb制作(主にホームページ制作)やチラシ・名刺制作を2年ちょっとやった後、2016年にソーイ株式会社(https://sooi.co.jp/)を設立しました。

自分でもびっくりだったのは、法人が個人に対して数百万の案件を普通に依頼することです。フリーランス時代に何度かそういったことを経験していますが、信用さえあれば個人でもそれだけ大きな額で受注できるということを体験できたのは、ビジネスにおける“信用”の重要性を実感できるよい出来事でした。

今の世の中、個人でも社会的信用を得てばりばり稼いでいる人がたくさんいます。信用というのは自分の可能性を広げます。

生い立ち

部活は中学は野球部でしたが、1~2年のときはよくさぼってまして、3年になってから急に頑張り始めるという醜態っぷりでした。引退時には先生に「お前は3年になってからよく頑張ったな!」と言われたのを今でも覚えています。

高校は足が速くなりたくて1年の夏に友達と途中入部しました。しかし、まぁまぁ肩に自信があったのでやり投げをやろうと思い、途中からやり投げを始めました。1年の冬合宿、一緒に入部した友達がバックレて合宿に来ず、僕はなんとか死ぬ思いで合宿を耐えましたが、支えを失った僕は、そのまま部活を辞めました。ちょうどやりが地面に綺麗に刺さるようになったぐらいの頃でした。

勉強の方はというと、小・中学まではできる方でしたが、周囲がやめろという中、公立高校では最難関校を受験したところ、見事に滑りました。合格発表当日は友達と4人で合格発表を見ましたが、僕だけ落ちてました。その後、私立の1学年500人いる男子校に放り込まれることになり、そこで青春を失いました。

正直なところ、1学年500人男子まみれの高校になんか入ったら死ぬと本気で思ったので、その高校より偏差値はだいぶ低いけど男女共学のところに入ろうと思っていたのですが、母親に「なんで?」と言われ、まともに返せず...3年間男子校がその場で決定しました。入学式が終わったあと体育館に新入生500人が集められ、皆の前でいかつい体育科の先生がこう言いました。「周りを見ても男ばっかりや。お前らもうこの3年間は諦めろ。」

・・・

高校時代は男子校だけあって鬼教師ぞろいで、特にやばいのが1人いたのですが、最高なことに僕は3年間その教師が担任でした。笑
正直軍隊みたいな学校で、今だったら100%ニュースになるようなことが日常茶飯事でした。校歌斉唱をしない生徒にボディーブローを食らわす教師は今の時代はいないと思います。おかげさまで何かをやり遂げるという忍耐は身についたのかもしれません。

ちなみに、高校時代ぐらいから「手に職を持つ」ということについては、興味を持っていました。
高校入学してから、一ヶ月で退学したクラスメイトがいたのですが、彼は声優にどうしてもなりたいといって専門学校の道を選びました。僕はそんな彼をどこかで羨ましいなと思っていましたが、自分は何がしたいのかは明確にはありませんでした。

大学受験は、センター試験で思ったより凄まじく点が採れなくて、志望校は全部諦め、行けそうな茨城大学を前期後期とも志望しました。正直、「こんなん楽勝で受かるわ〜」と思っていたので、前期が終わったあと余裕をぶっこいていたのですが、見事に落ちていて、後期でなんとか合格することができました。ちなみに興味ないかもしれませんが、前期試験で僕の斜め前にいたやつは今でも仲のいい友達です。

大学に入ってからは、バンドサークルに入り、当時の僕の想いとしては、中学からずっと部活は続かなかったし、何をやってもダメだったので、このサークルはしっかりやり遂げたいと思って入りました。4年間おそらく誰よりも練習したのではないかと自負していますが、センスがなさすぎてまったく上達せず、(僕はドラムでしたが)いつも上手いドラマーの友達の影に隠れていました。

高校受験や大学受験、バンドサークルで色々うまく行かなかった経験を振り返って僕は、高校自体の鬼教師が言っていた言葉を思い出します。

「できんやつは何をやってもできん。できるはやつは何をやってもできる。お前ら、性格を変えろ。」

当時は何言っているかわかりませんでしたが、今ではわかることです。
中学も高校もかなり勉強しましたが、不合格だったり志望校に行けなかったり、バンドサークルでも思ったより活躍できなかったりと失敗続きでした。

でもそれは僕が成果の出ないやり方でひたすら頑張っていたから。
世の中には、成果の出ない努力っていうのがあります。そんな努力をひたすら賞賛するというのは、人をダメにするから辞めた方がいいと思っています。単に時間を使い潰す結果の出ない努力なんてくその価値にもなりません。やるなら成果を出せる方法でやろうよと思うようになりました。

つまり、
「できんやつは何をやってできん」というのは、
成果の出ないやり方をやっている人は何をやってもダメだよということ。

「性格を変えろ」というのは、
努力の量で力技で目の前の課題を乗り切る思考ではなく、賢く目の前の課題を乗り切る思考回路を持て、ということだと思います。これって性格ですからね。「努力してる俺、すごい」っていう人は効率的な勝ち方や、ちょっとずるいやり方をしようという発想がありません。

僕が中学〜大学の失敗で学んだ一番大きなことでした。

ブログを始めたきっかけ

ブログを始めたのは、僕が起業家インタビューサイトをやっていたことが大きくて、起業家のような自分のやりたいことをどんどんやってしまう行動力のある人の思考回路に非常に興味がありました。

インタビューサイトを運営する中で「自分の使い方」ってすごく大事だなと思い、じゃ自分の使い方、セルフマネジメントを中心に記事を書いて発信していこうと思ったのがきっかけです。
これは先ほど書いた僕が中学〜大学の失敗で学んだ一番大きなこと「成果の出るやり方をする、そのために性格を変える」に繋がることだと思いました。セルフマネジメントが上手にでき、常に自分の最高パフォーマンスを発揮できるような自分になることで、人生は大きく開けると思いました。

2014年の夏から始めたこのブログ、ブロガーと言われる人たちと比較すると全然記事更新は少ないですし、更新したりしなかったりですが、2017年現在なんとか続いています。

このブログを見ていただいた方が、自分の使い方についてヒントを得てもらえたら嬉しいなと思っています。

これからの方針

僕は今後セルフマネジメントがもっともっと重宝される時代になってくると本気で考えています。

企業に属さなくても個人でがんがん稼いでいける世の中になってきていますが、それはさらに加速すると思っています。そして、個人企業やフリーランスの多くの人が悩むのが、自己管理、セルフマネジメントの難しさです。

これは企業に属していても課題となるものですが、独立している人にとっては顕著です。
個人のパフォーマンスを最大限に発揮することがこれからの世の中より求められていくと思います。そういった世の中に役に立つブログとして多くの読者に利用していただき、世の中の生産性に少しでも影響を与えられたら嬉しいです。

そのために地道にブログを更新するだけです。

プロフィール

田中亮行
田中亮行
「やりたいことをやれる自分になりたい」そのために必要なことが“セルフマネジメント”だと考え、日々研究するようになりました。このブログはそんなセルフマネジメントについてアウトプットする場として作りました。
普段は企業のホームページのコンサルティングやデザイン・開発をしています。
ソーイ株式会社 代表取締役
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