セルマネジメントのあれこれ

美徳や常識にとらわれない生き方

世の中により大きな価値を投じることができる人間になるために。

「常識」や「美徳」、あまりこういうことを意識しすぎると生産性のない人生になってしまい、世の中に投下できる価値の総量も少なくなってしまいます。

日本人は周りと同調することや、常識的に生きることで周囲との輪を保つようなところがあります。それが古き時代から継承されるものであればあるほど、常識の影響は強さをまし、私たちの生活の中に自然と溶け込んでいます。そしてそういったものが美徳として植えつけられたりするんだと思います。

ただ、“周囲との協調性とか調和を大切にする”ことと、“常識的に生きる”ことはべつものですし、古き時代の継承や伝統に対する美徳のあり方がずれているがために、本当によい新しいものがとりいれられない環境が保たれるという現象が起きているのではないかと思います。

海外生活はありませんので、日本人がどうこうとはいえませんが、往々にして日本人のいう常識というのは、効率や合理性に欠けるものが少なくないように思います。美徳もしかりです。

個の人生をより輝かせ、国民の総生産量をふやすという意味でも、効率とか合理性という言葉は意識せざるを得ないと思います。

正直、よくわからない常識とか美徳に振り回されている人は多いと思いますし、それによって、本来発揮できる力が発揮できない人はたくさんいると思います。そんな常識とか美徳なら捨ててしまえと思わずにはいられません。

僕にも少なからずあてはまることがありますが。というか20台前半までいたって普通のよくある生き方をしてきましたし、常識的な生き方しかしてこなかったと思いますし、わけのわからない何も生まない美徳はありました。

一番問題なのは、常識や美徳にとらわれていることに気づかず、目の前にある無数の選択肢が見えていないことです。

だから本とか読んで自分とは違う考え方とか世の中の見方を取り入れたりするわけですし、人とのコミュニケーションでもそういった情報を吸い上げるようにしています。

先日、寿司の学校で3ヶ月修行しただけの人が開業した寿司屋がミシュランに掲載されたということで話題になっていました。等身大でも記事にしましたが、寿司屋をやるなら10年の下積みが必要といわれるなかで3ヶ月の修行でそこまでいけたわけですよね。

常識を受け入れていたら、「まずは修行10年やるか!」となってしまうわけですが、それがまさかの3ヶ月ですよ。

下積み10年には業界特有の美徳とかそういうのもあるのかもしれませんが、美徳のあり方を考えなければ生産性のない人生を送ることになりかねません。

常識や美徳にとらわれて生産性のないことをやってもしかたがありませんし、間違った常識や美徳なら捨てるべきです。

成功への最短ルートをかけぬけて、世の中により大きな価値を投じることができる人間になるのと、小さな世界で常識や美徳を守り続ける人間になるのとでは、明らかに前者の方が存在価値があるのではないかなと思います。



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プロフィール

田中亮行
田中亮行
「やりたいことをやれる自分になりたい」そのために必要なことが“セルフマネジメント”だと考え、日々研究するようになりました。このブログはそんなセルフマネジメントについてアウトプットする場として作りました。
普段は企業のホームページのコンサルティングやデザイン・開発をしています。
ソーイ株式会社 代表取締役
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