セルマネジメントのあれこれ

ただの努力家!?報われる努力の仕方

頑張って人一倍努力しているのに、周りの人に比べて結果が出せないなんて、そんな悔しいことはない。かしこく生きないと損。そういうのを教えてくれる人はいなかった。

1.ただの努力家で終わらせないためにも

皆さんの努力は報われていますか?

世の中をよく見てみると、同じ努力家でも結果を出すのが早い人とそうでない人の差がはっきりと出ています。

言い換えると、多くの努力家が努力のかいなく、結果を出せずに挫折していくわけです。

あまり信じたくないのですが、間違いなくそうなのです。

努力は美しい、

努力家って素敵だ、

あいつの努力に乾杯(とは言っことないけど。笑)、

など、努力そのものに対する称賛はよくあることです。

“がんばったで賞”なんていうのはその典型的なものではないかと思います。

ただ、そういったことは人を勘違いさせます。(努力家を褒めることを否定しているわけではありません)

本質的には正しい努力をして結果を出すことに対してこそ称賛されるべきことですが、

ただただ間違った努力をしている人に対しても称賛の声はしばし送られます。

やり方が正しいかどうかに関わらず努力すること自体が美しいという、美徳。

努力家はそれだけで賞賛されます。

ただ、気をつけないとこれは努力家にとって、自分の人生を崩壊させる賞賛だと思っています。

いくら努力したって、やり方が間違っている人は、東大とか早慶とか優秀な大学には行けない。

ビリギャルだって、やり方間違ってたら慶応には絶対行けてません。

努力家であることは、成功において大前提だとは思いますが、

あまりにも努力そのものが美徳化されていて、正しい努力をする努力ができていない人が多いような気がするので、こういう記事を書いています。

自分への戒めの意味も含めて。

死ぬほど無駄な努力、報われない努力をやってきた人間なので、、ホントに。

2.努力は必ず報われるかどうかの論争

努力が報われるとか報われないというワードをネットで検索していると目に入ってくるのが、“努力は必ず報われる”かどうかの論争です。

結論から言うと、報われる努力をする人は報われる可能性が高く、報われない努力をしている人は報われない可能性が非常に高い、ということだと思います。

すみません、かなり当たり前のことを書いてしまった気がしますが…。

仮に、報われない努力を経験しても失敗は成功の元、という考えにおいては、努力はすべては報われる、ということにもなりそうです。

まぁこんなことは議論してもしょうもないと思いますが、、

努力に対する定義がそれぞれまちまちなだけで、

その中で、どれが正しい、あれは間違っているなんていう論争をしたところでそれは本質から外れていて、意味のないことです。

報われる努力をした方が100%いいじゃないか、でいいのではないかなと思うわけです。

そうです、真理はただ一つ、報われる努力をしよう!に尽きると思います。

ただ、

報われる努力って何よ?

という話になると思います。

一番重要なことで、こここそ議論するべきポイントではないかと思うわけであります。

ただの努力家を抜け出し、結果を出せる努力家になるためにも、とても重要なことです。

3.報われる努力をする

報われる努力には、大きくわけて2つの努力があり、その2つの努力がどちらもできたときに、努力が報われることになると思います。それが“知る努力”と“やりきる努力”です。

3-1 知る努力

ここでいう知る努力とは、成功するやり方をしっかり学ぶ努力のことです。やり方が間違っていたら、当然ゴールにはたどり着けない、あるいは相当な時間がかかってしまいます。

何かやりたいことがあったら、大抵はその道で成功している先人がいると思います。

先人がどのようなやり方で成功まで駆け抜けていったのかをよく学ぶべきです。基本的なところを間違ったまま何かをやっても後で修正が大変になるだけで自分の時間の使い方としてはとても非効率です。

ですからとにかく知るということが重要です。

知るための方法は色々あります。書籍でもネット検索でもコンサルでも弟子入りでも、方法はいくらでもあります。何が一番自分にとっていいのかをよく考えて、一番質の高い情報(やり方)はどうやったら得られるのか?を知ることです。

僕はお金はこういうところで使うべきだと思っています。

少々高いお金を払ってでも質の高い情報を得ることは大事だなと思います。前進するスピードが圧倒的に変わってきます。稼いでる社長も自分よりもっと稼いでいる人のセミナーを受けたり、常に情報収集を怠りません。

そんな人たちが世の中にごろごろいるのに、質の低い情報しか得られない努力しかしない、という状況下でいくら自分の時間を投資してもそれは報われないのも当然のように思います。

たまたま報われないのではなく、然るべくして報われない、そういうことだと思います。

努力家は本当に好きですし、自分で言うのもなんですが、割と努力家の部類に入るほうだと思うのですが、自分の経験もふくめてそう言えると思いますよ。

努力したのにも関わらず、高校受験で失敗したのも、大学受験で浪人寸前まで追い込まれたのも、バンドサークルでどんだけ練習しても友達より楽器が上手くなれなかったのも、全部努力の仕方を大幅に間違っていたからです。

結果の出せない努力家はただ時間を無駄に使ってしまっている。

報われない努力を続ければ当然、報われない。こんなことは明白だし、いたって自然なこと。

 

また、プライドが高すぎると知る機会を失うかもしれません。

人生において色々なことを積み重ねていくと、自分の中に“これは間違いない”という概念が生まれます。その概念の中においては、誰の言葉も入り込んでくる余地はなく、また自ら情報を取りに行こうとも思わず、質の高い情報を得損なうことになります。

たまたま自分の目の前に自分よりも結果を出している人が現れて、助言してくれれば、素直に聞けるかもしれませんが、プライドが高いと自分から積極的に誰かに教わりにいくという姿勢は希薄になるかもしれません。

いい意味でプライドが高いのはいいのですが、プライドの高さが機会損失になっていてはそれは無駄なプライドになります。

自分の能力を開花できるかどうかは、自分をいかにオープンにして色んな情報を吸収してアウトプットできるかどうかですね。

成功している人の話は素直に聞かなければなりません。

健康になりたかったら、栄養士がオススメするご飯を食べればいいのですが、

今自分が毎日食べているものが最高だと信じて疑わなければ、

栄養士の提案を受け入れることはなくなるでしょう。

自分が情報を受け入れる姿勢をつくらなければいけないのです。これはマインドの問題。

そして情報を断片的に仕入れるのでは意味がありません。

情報はときに、複雑かつ複合的なものであったりします。

栄養のある素材を教えてもらっても、調理の仕方によって、栄養素が逃げてしまうかもしれません。

おかずの食べ方、順番によっては、大事な栄養素を取りこぼしてしまうかもしれません。

断片的な情報を仕入れて、「これで私も成功する」と考えるのは早計です。

しっかり何から始めて、どう取り組んでいけばいいのかを情報として仕入れていくべきなんではないかと思うのです。

3-2 やりきる努力

どう努力することが最善であるか、そういった質の高い情報を得ることができたら、あとはやりきるだけです。とはいえ、このやりきる努力というのがまた難しいわけです。

このやりきる努力は気合いとか根性とかいう、いつ湧き出て、いつ収束するかわからないような不安定要素の塊のようなものでは処理できません。

気合いとか根性に持続性を持たせる何かが必要ですし、身体の管理も必要になってきます。

いわばやりきる努力というのはすべて自己管理に始まり、自己管理に終わるものだと考えていいのではないかと思います。

自己管理をするには、前に記事にも書きましたが(自己管理には持続性が必要。その場の意思だけに左右されない自己管理の方法を考える。)、“身体”と“意思”と“環境”という3つの要素全ての方向性と自分が向かうべき方向を合わせることが必要です。

中でも持続性という点において、身体の管理は重要な要素ですのでしっかりと身につけておきたいところです。

20代半ばぐらいまでは体力任せにいろいろやることもあると思いますが、20代後半ともなれば、身体が資本という言葉の意味が身にしみてわかってきます。

ジジくさいかもしれませんが。笑

でも、本当にそう。身体と精神は繋がっていて、身体が調子悪いと精神もよい状態にはなりません。

そうすると持続する力もなくなってきます。

いつでも健康に気をつけて、自分の力を最大限発揮できる状態を作っておくことが必要なのです。

それから、“身体”と“意思”と“環境”の環境ですが、これもものすごく大切です。

意思の強さだけで、走りきることは正直めちゃくちゃ難しいこと。

環境を整え、ストレスなく、伸び伸びと努力できる環境づくりが、自分の力を最大限発揮することにつながります。

要するに、“自分の使い方”を知ることなわけです。

自分の力が100あったら、常に100出せるように身体と環境を整え、そして精神も磐石な状態にしておくようにしておくのです。

4.運とかツキとかそういった偶然性もあるが、偶然を引き起こすのも努力

世の中すべてが必然ではなく、偶然の産物もよくあります。

運の良さとかツキとか、そういう自分ではどうにもできないところで結果の大小が決まったりすることもあります。ただ、努力している人に起こるいい偶然は、努力していない人には起こりません。運とかツキを呼びよせるのもまた努力です。

中には努力していないけど偶然いいことが起こったなんてこともあります。しかし努力している人としていない人とでは、偶然とかツキとかによって生まれるものの質は圧倒的に違います。

また、努力とは無関係に起きた偶然でも、その偶然を1から10にできるか、1のままになってしまうかは、積み重ねてきた努力の数によっても左右されるものです。

例えば書いたブログがたまたま大量にシェアされたりして一時的にアクセス数が伸びたとしても、今まで他に記事を書き溜めていなかったとか、クオリティに問題があれば、偶然の1は1のままです。

地道な努力をしてクオリティの高い記事を書き続けていればアクセス数が一時的に伸びるだけではなく、サイトの評判があがりさらにアクセス数が伸びたり、他の良い連鎖が起こる可能性はあります。

5.行動に移すことの重要性

ただがむしゃらに頑張るだけの人は、地図を持たずに知らないところを駆け回るようなものです。

これだけ走ったのだから、ゴールに着くだろうと。それでは努力は報われません。

知る努力とやりきる努力をして初めて努力が報われるのだと思います。

よくあるパターンは知る努力はするが、やらないという選択肢をわざわざ選ぶ人です。

やらないという選択肢をわざわざ選んでいながら、どうしたら結果が出せるのか?と悩んでいる人って多くないでしょうか。

知るための努力をしたのなら、あとは机の上でいつまでも考えているより、やりきるために目の前のやるべきことをやることです。

それでもどうしても前に進まないときに初めて机の上で頭を抱えて悩むのだと思います。

そして何がだめなのか、もう一度知る努力をすることです。この辺は一発ではすんなりいかず、何度かサイクルを回すものだと思います。

PDCAを回すってやつです。

机の上でいつまでも考えているだけで止まっている人は、お金がないとか、時間がないとか、自分にはできないとか、環境を変えるのが怖いとか、そういう、できない理由が先に出てくる人、諦めグセのついている人でしょうか。

お金がないなら、ない中でできることを必死にやるとか、絞り出しても時間がない場合は、優先順位が間違っているだけなので、優先順位を変えるとか、自分にはできないと思っている人は、今の自分にフォーカスしていることが原因なので、未来の自分にフォーカスするとできるイメージが湧くでしょうし、環境を変えるのが怖いというのも今の自分にフォーカスをあてているからであって、未来の自分を想像すると、むしろ今の環境を変えたいと思うはずです。

自分の信じた道に対して、一歩を踏み込むという行動力は何にしても必要なことです。

まずは知る努力をすること。そしたら、何をやったらいいのかがわかるので、一歩を踏む出す勇気も持てるのではないでしょうか。

6.まとめ

間違った努力を称賛することを辞めましょう。

正しい努力をすることをいつも意識しましょう。1日24時間なんです。どうやったってここは変わらない。平等に24時間与えられています。

その中で、頑張って時間作って人一倍努力しているのに、周りの人に比べて結果が出せないなんて、そんな悔しいことはないですよね。

素質が影響するっていうのは正直ゼロではないとは思います。スポーツとかで考えるとわかりやすいですが、恵まれた体格とかそういうのがあるように、素質で差がついていることもあります。

ただ、それ以上に努力の仕方とか自分の使い方がわかっていなくて、結果に結びつかない人って多いのではないだろうかと思っていますし、

僕もそういうのでずっと悔しい思いをしてきたので、なんとかしたいと思って努力を仕方を変えてきました。

まだまだ勉強不足かもしれないけど、昔のように無駄な努力を積み重ね続けることはだいぶ減ったとわかります。

努力は裏切るかもしれないけど、努力の仕方を学ぶ努力は裏切らないですよ。

ということで、

ただの努力家では終わらせたくない人のための、報われる努力の仕方でした。

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