ほし友実さん

2015年10月1日 vol.19

ほし 友実
(Tomomi Hoshi)

1976年生まれ 39歳
放送作家
幼いころテレビの世界に憧れをもち、スタッフロールに自分の名前が載ることを夢見ていたという。中学生のときに国語の教科書で出会ったエッセーの作者、向田邦子さんに惹かれたことがきっかけとなり、当時女性では珍しかった放送作家を目指した。古舘プロジェクトを経て独立。一児の母でもある。現在担当の番組に「にじいろジーン」や「ワラッチャオ!」などがある。

バックボーンがないところで、自分の実力でやりたいと思っていたんです。

自分の実力で勝負するために独立したほしさんの人生観を聞いた

あえて就職活動をせず、やりたいことを目指しました。

– 放送作家になりたいと思ったのはいつ頃からですか?

中学生の頃からですね。
私は福島県の会津若松市で生まれ育ったのですが、
田舎だったので、テレビが自分の中で一番の娯楽だったんですよ。
ブラウン管の中がとても楽しそうに見えましたし、番組の最後に流れるスタッフロールに
自分の名前が載ることを夢見る子供でした。

– その中でも放送作家に憧れたのはなぜでしょうか?

もともと放送作家という職業を知りませんでした。
中学生のとき、国語の教科書に「字のないはがき」というエッセーがあって、私はそれが好きで何回も繰り返し読んでいました。
その作者が脚本家の向田邦子さんで、向田邦子さんのことを調べているうちに放送作家というお仕事を知ったんですよね。もともと作文が好きだったこともあって、放送作家になりたいと思いました。

– そうなんですね。子供の頃からの夢を叶えるってすごいなと思います。僕なんて毎年夢が変わっていましたから。ところで、放送作家になるためにどのようなことをされたのですか?

まずは東京に出てきて、業界の人たちと関わらないといけないと思い、東京の大学に入学しました。
大学時代は劇団に所属して演劇活動をしながら人脈を広げていったのですが、とにかく放送作家になりたいということを周囲に言いまくっていました。笑

– そこで何か繋がりができたのですか?

そうですね、業界の人と知り合い、その方から、「放送作家になりたいなら事務所に企画書を送ってみたら?」と言われ、有名な事務所へ、企画書を送ったんですよ。

– 結果はどうでしたか?

何も連絡がないまま、半年ほどが過ぎました。
周囲は就職活動を始めている時期だったのですが、就職してしまうと自分の性格上、そこに甘えてしまうと思ったので、私はあえて就職活動をせず、やりたいことを目指そうと思っていました。
そして、企画書を送ったことなんか忘れてしまっていたところ、ある日急に電話がかかってきて、「今度作家を募集するので履歴書を送りませんか?」と言われたんですよね。
ただ、半年前に送った企画書が認められた、というよりは、フリーペーパーにも応募情報が掲載されているぐらいオープンに募集しているものでした。
私はそれに応募して、試験を無事に合格してこの世界に入りました。

ほし 友実さん インタビュー

常にアンテナを張り、いろんなことを経験するようにしています。

– 放送作家として事務所に入って、はじめはどのような印象でしたか?

今でこそ珍しくないですが、女の人は少なかったですね。
女で珍しい、それだけで番組に呼ばれたこともあります。

– 女性だからこそ得をすることもあったということですか?

得はすることもありましたが、私は女だから呼ばれたっていうのがすごく嫌だったんですよ。
男と女で同じ能力なら、女ならまだ仕事ができなくても許される、という話を先輩から聞いたことがありました。
私は実力で呼ばれたいと思っていたので、モヤモヤしていました。

– なるほど。

ほし友実さん インタビュー

女だからとうことでいろんな先輩が現場に呼んでくれて、経験を積む意味ではよかったのですが、男性の作家からしたら、当然面白くないですよね。
それでやっかみのようなこともありました。
だから「絶対その人には勝ってやる!」という強い想いはありました。笑

– 火がついたんですね?

昔から負けず嫌いなので。笑

– 負けず嫌いの精神をもつ人は結構突っ走れますよね。

事務所には関係のないディレクターさんやプロデューサーさんから仕事をもらえることを目標にしてとにかく頑張りました。
同期の中では一番最初に昇格することができたので良かったのかなと。

– どんなことを意識して努力されたのですか?

作家って、情報に強いほうが重宝されるんですよね。
流行りに敏感になるために、常にアンテナを張っておくことが重要かなと。
ですからいろんな経験をするようにしましたし、
声をかけてもらったところには行くようにしました。

– いろんなところに顔を出すって本当に大事だなと思います。なにか面白い経験をいくつか教えていただけませんか?

空いた時間で銀座のホステスをやったり、週2で新宿のおかまバーに通ってみたり、
息子の学校のボランティアに参加したり、いろいろなことをやってきました。
これは学生時代にも言えることで、学生時代はバイトを10個以上やったと思います。
なんでも仕事に活かせるんですよね。
銀座のホステスなんか面白かったですよ、ホステス同士の喧嘩を目の前で経験したり。笑

– よくドラマであるようなシーンですが・・・現実にあるからそういうドラマのワンシーンができるんですかね。笑

ほし友実さん インタビュー

バックボーンがないところで、自分の実力でやりたいと思っていたんです。

– 先ほどの女性だからではなく実力で呼ばれたいという話もありましたが、実力主義というか、結構ご自身に対してスパルタですね。笑

そうですね、結構Sですね。笑

– そんなほしさんが、実力を認めてもらえたなと思った出来事の中で印象的なことはどんなことでしょう?

ネタを出すときに資料の右上に名前を書きますが、私は苗字だけしか書かず、男か女かわからない状態にして提出しました。
そのネタをベテランの作家さんが見て、番組に呼んでいただいたことがあります。
男か女かもわからずネタ一枚で判断してもらったというのは、今でも鮮明に記憶に残っている嬉しいことの一つですね。

– 自信に繋がるような経験ですよね。現在は独立されていますが、独立を選んだ理由を教えてください。

バックボーンがないところで、自分の実力でやりたいと思っていたんですよね。

– “自分の実力”、一貫していますね。今後の展開はどのように考えていますか?

昔は女性だからって言われるのがすごく嫌だったのですが、
子供をもってから、逆に女性という立場を生かし、子供をもっている母親目線だからこそできることをやっていこうと思うようになりました。

自分が子供のとき、辛いときとかにテレビを見て明るくなることはよくありました。
テレビって、その一瞬で笑えてハッピーにさせる力があると思います。
私のつくる番組をそういったものにしていけたらいいなと思っています。

–  テレビを見るのがもっと楽しくなりそうです。今日はありがとうございました!

 
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コンセプト
これからの時代、共感という言葉が人々をつなぐ一つのキーワードになると考えています。人として生き方や価値観に共感できる人たちと一緒にビジネスをしたい、そういう人たちのサービスを使いたいと思う人がより増えてくることでしょう。
当メディアでは、どんな人生観をもった人がどんな想いで、サービスを提供しているのか、そんな観点から取材をし、記事にまとめています。